プラネタリアム

長野担の戯言

戸惑いの惑星 気になったとこメモ②

超心理学について 
超心理学では超能力や未来予知とかを扱ってるみたいです。この世界ではこの学部がいろんな大学にどんどん開設されるくらい流行って、そしてなぜか現在は2つの大学にしか残ってないくらい廃れてるようです。この辺は現実世界とちょっと違います。 
由利は妹の応援もあってこの研究を続けてるのですが、逆に言えば他にはあんまり応援してくれる人がいないってことで、科学的に研究してるといっても世間からは結構オカルトに思われてるのかも。
そういえば妹の応援も、不思議なこと信じてるからがんばってって感じだったし、三池が研究を断ったときの由利の態度もしょうがないかって感じだった。 

じゃあ由利自身は超心理学についてどう思ってるのか。
超心理学と違って、スマホに使われる量子力学には予算がおりる」的なこと言ってました。量子力学って超心理学と似てます。どっちも、なんでそうなるか今の科学じゃ解明されてない。由利にとっては超心理学量子力学も学問的な真面目さ(?)は一緒なんじゃないかと。超心理学も「研究してけば何か生活に役立つものができるんじゃない?」ってことで学部が開設されてって「別に生活に役立ちそうにねぇな」ってなって廃れてったのかもね。とすると由利にとっての研究って、これで生活を豊かに~とかじゃなくて、純粋に謎を解き明かしたいっていう「探求心」の象徴なのかなと思いました。
探求心といえば長野くん。長野くんといえば探求心。つながってる……! 

あとね、量子力学っていうと「シュレディンガーの猫」ってちょっと前に流行ったよね。名前かっこいいものね。パラレルワールドものではよく見かけたよね。
箱の中の猫が生きてるか死んでるか、箱の中を見るまではどちらも存在するってやつね。ひろしを見るまではかっこいいろしもかわいいろしもどちらも存在するとかちょっと意味がわからないです一人ください。
でもこの意味わかんない理屈でないと説明つかない結果が出ちゃった実験が実際にあるんだよね。世界って不思議だね。やっぱり世界っていっぱいあるのかもね。(あくまで創作の世界でよく使われる解釈なので専門の人が見たらぷぷぷってなると思います……)

 ☆「あのドアはこの妙な空間から脱出する出口」
 「あのドアは出口」と省略してはいけないってのは、「ドアは出口」だけだとどこにつながるかわからないくらい、集合的無意識は無限の可能性を持ってるってことだと思います。
 スポーツ選手の中には試合前に「私は優勝しました」って自分に言い聞かせたりする人もいるそうです。これも抽象的に「優勝しました」だけだと誰が優勝するかわかんないからちゃんと「私」を入れないとだめだとか。イメージング大事。

 ☆長谷川の似顔絵 
三池の描く長谷川の似顔絵を見た由利「お前それじゃ……」と明るい声音で言いかける。 三池は「それ以上言うとこの絵は自由を失う」と答える。

 長谷川「前にも描いてもらった」「あれは僕じゃなかったのか」 
→由利妹の人格が長谷川の中に残ってる? 
→最後に残った由利妹の人格が消えていき、まっさらな長谷川になった? 
→人格喪失症を克服した? 
→由利妹が三池に最後のお別れを言ってるみたいで個人的グッとくるポイント 

似顔絵を見た長谷川「これが僕だよ」
 →似顔絵を見た由利の態度からマイナスなものではないはず 
→三池のいう「自由」とは? 
→長谷川の明るい未来を予知した似顔絵で長谷川の外見とは似ていない? 
予知も何もない、長谷川の外見そっくりの似顔絵(または白紙)でこれからの長谷川は長谷川自身がまたここからつくっていく?

 ☆名前について 
三池らんじろう→ミケランジェロ(芸術家)
 由利     →ユリ・ゲラー(超能力者) 
長谷川ゆきひこ→? 

最終的に三池は絵描きになることを決めます。由利は超心理学の研究を続けることにします。長谷川は自分の人格を取り戻そうとします。 
小説家を目指していた長谷川の名前については、作家からとってるのかと思ったのですがどうも誰でもないようで。
このお話の中で「3人が取り戻した(い)大切なもの」を考えると、やっぱり長谷川の名前は「誰でもない」→「自分がない」につながるのかなあと思いました。
長野の「長」、昌行の「ゆき」、快彦の「ひこ」が入ってるのも戸惑わせる作戦なのかなあ。関係ないかな。

 ☆世界の構造 
観客とトニセンのいる現実世界 
三池・由利・長谷川のいる世界 (どこか遠くの惑星? か、多次元宇宙・パラレルワールドの地球?) 
長谷川の小説世界 
宇宙の外側 

アニメ漫画で育ったおたく脳の私はナチュラルにパラレルワールドの話だと思って観てたのですが、よく考えたら遠くの星の宇宙人の話ってこともあるんですよね。 

☆宇宙の外側 
宇宙の外側には何もない。って言いますが、じゃああの「ジャーン!!」ってビビらせるドアのある空間は何なんだってことですよ。長谷川の小説世界から繋がってた謎空間。集合的無意識で繋がってるのか、あの空間こそが集合的無意識なのか。 
なんかね、何もないとこでも新しい宇宙ってボコボコできてるって説があるんですよ。何もない=0で表せますけど、実は「0=+1-1」なんだってさ。+1と-1が反応しあって、ごくごくたまーに何かが発生しちゃうんだとか。ただ持続するのが奇跡的とかですぐ消えちゃうんだったかな。 
そんな感じで「三池と由利の意識が反応しあって長谷川を召喚した」って考えるとなんかいいよねって思ったのでした。3人の絆。 
もしかしたら元に戻ったときにいた病室は、3人が創造した新しい宇宙(世界)って可能性もあるかもね。ないかもね。かもねかもねSoかもね。 

☆戸惑いとは 
話を追っていきながら、戸惑うってなんだろな~って考えてたんですけど、選択するってことなんだろうなと思いました。選択肢がいくつかあって迷ってる状態が戸惑ってる。いや当たり前なんですけど。おばかは考えないとわからないのだ。 
「ココロとは可能性を決定するすごいものだ」って言ってた昔の偉い人が言ってました。本当はもっと頭いい言い方だと思いますが、外国語わからんちんなので。
可能性を決定するってすごい力なんですよ。集合的無意識の力ってなんかよくわからんけどすごい!ってことをお話の中でも何度か提示されてたと思うんですけど、集合的無意識=無意識=ココロにつながってくるとすると、ココロってすごい力を持ってるってことですよ。運命も変えられるほどすごい力を持ってるってことですよ。気づいてないかもしれないけど俺もあなたも私もみんなそのすごい力を持ってるってことですよ。
戸惑いの惑星って人間賛歌なのだなあと思ったのでした。